京セラの創業者で名誉会長であった稲盛和夫さんが亡くなられました。
稲盛和夫さんの訃報には多くの方が衝撃を受けたのではないでしょうか?
経営の神様と言われた稲盛和夫さんは日本航空の立て直しなど、功績は素晴らしいものがありました。
盛和塾では稲盛和夫さんから教えを受けた経営者の方も数多くいましたよね。
そんな稲盛和夫さんの家系図や娘(子供)についてと、自宅や資産についてみていきます。
この記事でわかること
- 稲盛和夫の家系図
- 稲盛和夫の娘(子供)や家族について
- 稲盛和夫の自宅は京都
- 稲盛和夫の資産は?
さっそくみていきましょう。
稲盛和夫の家系図
稲盛和夫さんは鹿児島県出身で、印刷業「稲盛調進堂」を営む父親の畩市(けさいち)さんと母親のキミさんとの間に7人兄弟の次男として1932年に生まれます。
そして韓国近代農業の父と呼ばれる須永長春(すながながはる)さんの四女である朝子さんと結婚しています。

稲盛和夫さんは7人兄弟ですが、構成は兄1人と妹2人、弟1人までしかわかっていません。(三男、三女との情報もあります)
父である稲盛畩市さんは印刷業「稲盛調進堂」を営んでいて、稲盛和夫さんは幼少期から家業を手伝い商売というものを学んでいました。
稲盛和夫さんは子供の頃は内弁慶で甘えん坊でした。
母親のキミさんに甘えて着物の裾をつかみ、くっついて回っていたのだそうです。
お母さん子だったんですね。
妻:朝子の家系は韓国
妻の朝子さんの父親は「韓国近代農業の父」「キムチの恩人」とも呼ばれた須永長春さんです。
母親は日本人の渡辺小春さんです。
朝子さんの父親の須永長春さんは禹長春(ウ・ジャンチュン)といい、父親(朝子さんの祖父)は韓国の軍人の禹 範善(ウ・ボムソン)さんで、母親(朝子さんの祖母)は日本人の酒井ナカさんです。
須永長春さんは父親の関係から、父の恩人で朝鮮人亡命者を支援していた須永家に養子に入り、生まれてくる子供は日本人として育てることにしています。
朝子さんの血筋をたどると、韓国に行きつくのがわかります。
朝子さんの父の須永長春さんは韓国と日本のハーフなので、朝子さんはクオーターということですね。
孫もいる
先ほども伝えたとおり、稲盛和夫さんと朝子さんと間には3人の娘さんがいて、孫も生まれています。
―お孫さんに何か教育などはされていますか?
何もしていません。勉強しているか、とたまに聞くぐらいです。「今日はおじいちゃんがご馳走してあげるから、お寿司を食べにいこう」と機嫌は取っていますけど(笑)。
引用元:週刊朝日より
お孫さんについては過去のインタビューで上記のように話しています。
普通の優しいおじいちゃんなんですね。
お孫さんについての詳細はわかりませんが、もう結婚していることも考えられますね。
ひ孫さんもいる可能性もあります。
稲盛和夫の娘(子供)や家族について
稲盛和夫さんの家族は、妻の朝子さんとの間に子供が3人います。
娘さんばかりで、長女は金澤しのぶさんで、次女は千春さん、三女は稲盛瑞穂さんです。
京セラ創業者の稲盛和夫さん死去、90歳 JALの経営再建にも貢献 https://t.co/TsSsl1voG4
京セラとKDDIの創業者で、日本航空(JAL)の経営再建にも尽くした稲盛和夫さんが24日、老衰のため京都市内の自宅で死去しました。(諫) pic.twitter.com/W1GmDEMZvJ
— 朝日新聞 映像報道部 (@asahi_photo) August 30, 2022
今回、稲盛和夫さんの葬儀・告別式での喪主は長女の金澤しのぶさんが務めます。
金澤しのぶさん
稲盛和夫の娘(子供)は3人
稲盛和夫さんが90歳(2022年)という年齢から、娘さんたちは60代前後ぐらいではないでしょうか。
長女の金澤しのぶさんは、2022年で61歳になり、次女や三女は50代以上と推測されます。
長女の金澤しのぶさんは、2019年から稲盛財団の理事長を務め(それまでは副理事長)、ずっと父親である稲盛和夫さんを支えてきました。
三女の稲盛瑞穂さんも稲盛財団の役員として名を連ねています。
瑞穂さんも父親のそばで支え続けていたのでしょう。
次女の千春さんについては情報がありませんでした。
娘さんたちは結婚をして独立していますが、三女の稲盛瑞穂さんは「稲盛姓」なので、婿養子を取られているかもしれませんね。
その一方で、稲盛和夫さんは娘たちの教育にはほとんど口を出さず、授業参観にも1度も行ったことがなかったといいます。
子どもの教育については、父親としては役に立っていないと思います。子どもたちの学校参観は一回も行ったことがありませんし、日常の面倒も見てあげられませんでした。
引用元:週刊朝日より
会社を経営していた稲盛和夫さんは、自分の家族だけじゃなく、会社には何千人もの家族がいるため、その分一生懸命仕事をしなくてはならないと、娘たちに話していたそうです。
それだけ会社や仕事に対して全力を注いでいたということですね。
家では、女性4人(妻と娘)、男性1人(稲盛和夫さん)ということで、稲盛和夫さん1人蚊帳の外状態はしょっちゅうだったそうです。
やはり女性は強いですね。
ですが、責められたりはなかったといいます。
稲盛和夫の妻
妻は旧姓須永朝子さんで須永長春(すながながはる)さんの四女にあたります。
朝子さんとは稲盛和夫さんが大学卒業後就職した松風工業時代の同僚でした。
研究で会社に泊まり込む毎日を送っていた頃、いつも手作りの弁当がそっと机に置いてありました。
後で朝子さんだったとわかり、それが2人の馴れ初めとなっています。
「(稲盛は)朝子さんの飾らない心からの親切に魅せられ、強引に結婚を申し込んだようである。会社の設立は決定したが、稲盛は先に結婚しておきたいという。結婚費用はない、もちろん結納金なんか一文も出していない。嫁入道具一式そろえた娘さんに、まだ海のものとも、山のものとも分からぬ一人の男が、結婚を申し込み、承諾を得るのだから、いかにそこに熱意があり、誠心があふれ、人を感動させる力があったかがうかがわれる。
(中略)
両親には一切心配をかけないのが、稲盛の信条であった。思うだに稲盛らしい、素晴らしい誇りうる結婚式ではなかろうか」
引用元:京セラ「稲盛和夫の結婚記念日」より
1958年12月14日に松風工業の同僚であった朝子さんと結婚しています。
朝子さんとの結婚でも稲盛和夫さんらしい、エピソードがうかがいしれますね。
世襲しなかったのはなぜ?
稲盛和夫さんが京セラを世襲にしなかったのには理由があります。
1、子供が娘だけだったから
2、京セラという会社は稲盛家のものではないから
3、世襲してもうまくいかないと思ったから
稲盛和夫さんらしいなと思ったのは、2の「会社は稲盛家のものではない」という理由で、“京セラは全従業員の幸福を追求する会社”と仰っていたことです。
本当に従業員のことを想っていたのだなと感じています。
稲盛和夫さん自身、会社を経営して色々な経験を積んで行く中で、身についた力がたくさんありました。
経営者はそういった経験によって後から身につく力の方が重要と考えていて、世襲だとそういった苦労を知らずに後を継ぐことになるのでうまくいかないと思ったそうです。
経営者にとっては先天的な能力より、人生の辛酸をなめる中で開花していく後天的な能力のほうが重要だと私は思っています。会社がもうできあがっている以上、自分の子どもであれば、厳しい経験をさせることはなかなかできない。これでは経営がうまくいくわけがないし、道理に合わないと思ったので、世襲にしなかったのです。
引用元:週刊朝日より
稲盛和夫さんなりの持論があったんですね。
逆に会社のためでもあり、娘さんたちのためでもあったのだと思います。
そんな経営者としての考え方に、感銘を受けた方も多かったでしょう。

稲盛和夫の自宅は京都の伏見区
稲盛和夫さんの自宅は京都市伏見区にあります。
自宅画像はこちらから
とても立派な日本家屋で、塀に囲まれしっかりとした造りになっています。
外から中をうかがい知ることは出来ません。
上空写真から見ても大きなお屋敷で、敷地の広さもわかりますね。
敷地面積などはハッキリわかってはいませんが、庭も含めかなりの広さを感じます。
都内と比べると、京都の自宅は同じ金額でも広さが違うのではないでしょうか。
稲盛和夫さんは京都は好きでなかったけれど、後半の人生にはプラスだったといいます。
当時は京都は好きではなかった。けれど、後半の人生にとって京都はプラスだった。創業当時、苦労して実験を繰り返していた頃、何度も跳び上がって喜んでいると、ある部下が単純な人だと言って冷ややかな目で見ている。そういう空気が京都の町にある。今でも、表面では持ち上げ、裏では偉そうにして、と言っている者も多い。ぱっと燃え上がる単純な鹿児島人だった私が、忍耐力を身に付けることができた。
引用元:ダイヤモンドオンラインより
京都という地で忍耐力を身につけたと話しています。
京都では精神面を高めてもらえたんですね。
住まいとしての京都は静かな暮らしができたかもしれませんね。
稲盛和夫の資産は?
稲盛和夫さんの2020年での総資産は842億円で、年収は11.9億円でした。
日本人資産家ランキングでは10位となっています。(2020年時点)
稲盛和夫さんは京セラ株を多く保有していて、配当金もあります。
そして講演会や著書などもあり、印税もありますので、私たち庶民からしたら、とんでもない資産があるわけですね。
また、稲盛和夫さんは母校の鹿児島大学へ京セラ株を100万株寄付しています。(2017年)
MBCニュース『稲盛和夫さん鹿大へ100万株を寄付』
京セラの名誉会長の稲盛和夫さんが母校の鹿児島大学に京セラの株式100万株を寄付しました。16日は鹿児島大学で受納式が開かれ、稲盛和夫さんから鹿児島大学の前田芳實学長に目録が手渡されました。https://t.co/foAODzgkD0#鹿児島 #mbc1ch pic.twitter.com/qcuK9m5n4h— MBCニューズナウ (@MBC_newsnow) November 16, 2017
稲盛和夫さんは後進を育成するために、社会奉仕や慈善事業に対して熱心に行動して支援を惜しみなくしています。
株を母校に寄付するということは、配当金を教育に使ってもらえるということですね。
2022年の1株当たりの配当金は180円ですので、100万株で約1億8000万円が寄付されたわけです。
寄付金ではなく、株を寄付するというところが毎年配当金があるのですごいですね。
あとあとのことも考えていたのですね。
稲盛和夫さん自身は贅沢をするわけではありませんでした。
自分の私財を投じてでも世の中のために貢献する姿は、経営者の鑑でもあり人としても素晴らしい方なんだとあらためて感じます。
まとめ
稲盛和夫さんの娘さんや家族、家系図と自宅や資産についてみてきました。
稲盛和夫さんは、結婚してすぐに会社を創設したこともあり、娘さんたちは妻の朝子さんに任せきりでした。
その分、会社で働く人たちはみな家族というスタンスで、会社の従業員のために全力を注いできました。
ただの雇用契約の関係ではなく、家族同様に従業員も幸せになってもらうという心があったからこそ、京セラという会社を大きくできたのかもしれません。
稲盛和夫さんから学ぶことは本当にたくさんあると思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。